2011年10月28日 (金)

月刊誌『東亜』に「マカオは今(六)」が載ります。

四年後開通予定のマカオ初の軌道系交通機関(三菱重工が受注)やマカオにおける自動車事故対策、そして「マカオ女子会」の動きなどについて書きました。十一月号で、11月1日頃発売いたします。立ち読みして、よかったら、買ってくださいね。

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2011年8月 7日 (日)

第41広東研究会の風景など

20110702

(土曜日)午後三時から五時半、札幌で予定通り開かれました。

Photo

        Ⅰ 飯田真紀(北海道大学)

    「広東語と台湾語の"/"VP(動詞句)構文の比

     較対照」

         〔コメント: 松江崇(北海道大学)〕 

    

     Ⅱ 塩出浩和(城西国際大学)

      「北海道におけるインバウンドツーリスト -震災後

      のマカオ・台湾・香港および中国本土からの観光旅

      客と北海道の対応」

      〔コメント: 北見幸一(北海道大学)〕

         

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2011年6月21日 (火)

第41回広東研究会(札幌)の内容がほぼ固まりました。

      ***第四十一回広東研究会のご案内***

日時 20110702

(土曜日)

      午後三時から五時半(二時半開場)
☆ベニュー 北海道札幌市中央区南二条西七丁目十番一号
     アパホテル札幌三階会議室(phone: 011-281-8111
     [市電八丁目から徒歩一分、地下鉄東西線西十一丁目三番出口から徒歩四分、地下

     鉄南北線すすきの二番出口から徒歩五分、地下鉄南北線東西線東豊線大通一番出口か

     ら徒歩五分、丘珠空港からタクシー約二十分、新千歳空港から北都バスまたは中央バ

     スにて約一時間]

♪講師およびテーマ・コメンテイター♪

 飯田真紀(北海道大学)
  「広東語と台湾語の"/"VP(動詞句)構文の比較

  対照」

  コメンテイター: 〔交渉中〕

 塩出浩和(城西国際大学)
  「北海道におけるインバウンドツーリスト -震災後のマ  

  カオ・台湾・香港および中国本土からの観光旅客と北海

  道の対応」

  コメンテイター: 北見幸一(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学
  院准教授)

£受付・記録・撮影: 竹崎愛乃(広東研究会秘書、中央大学、日本華僑華人学会会員)

参加費 1,000円(学生は500円)[資料代・飲み物代を含む]
    (当日の研究会に不参加で、資料の送付のみをご希望の方は、下記口座に500

    送付し、メールにてご住所をお知らせください。三井住友銀行多摩センター支店

    普通預金0992334「広東研究会代表塩出浩和」)

懇親会 六時からインド料理店「ジョティー」(研究会場から徒歩で五ないし六分、

    南二条西四丁目四番遠藤ビル二階、011-233-3999)にて豆と羊のカレーをご用意

    します。禁煙。会費は3,000円。懇親会のみの参加も可です。懇親会のみ参加の

    方は前日までにメール・ファクシミリまたは電話でご連絡ください。研究会自体

    は参加申し込み不要、当日飛び込み可です。

Ж講師紹介
飯田真紀(いいだ・まき) 
略歴: 東京外国語大学修士課程修了、東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。2000年より約2

間、香港中文大学中国文化研究所呉多泰中国語文研究中心にて客員研究助手を務める。現在、北海道大学メディア・コミュニケーション研究院・准教授。専門は中国語学、特に広東語の文法。

主要業績: 『解読!香港~看板でめぐる都市ガイド&会話ブック~』(「アジアの街角探検隊」香港取材班と共著) 雷鳥社、『NHKテレビ アジア語楽紀行~旅する広東語~』 監修・執筆 日本放送出版協会、『事典 世界のことば141』「広東語」執筆担当 大修館書店 『ニューエクスプレス 広東語』 白水社。

塩出浩和(しおで・ひろかず)
略歴: 慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。修士(法学)。1982-83年、香港中文大学崇基学院経済学系留学。1985-89年、Research Fellow, Centre for the Progress of Peoples(現在の Asian Centre for the Progress of Peoples, 1986-87年、同クアラ・ルンプール事務所長). 現在、城西国際大学留学生別科・准教授、中央大学経済学部および大学院総合政策研究科兼任講師。専門は華南地域研究、中国近代政治史、アジア・キリスト教神学。日本華僑華人学会会員。

主要業績: Japanese Investment in Southeast Asia -Three Malaysian Case Studies-, HongKong: Centre for the Progress of Peoples, 1989. '

Tumen

River

Area Development Programme: The North Korean Perspective', Myo Thant, Min Tang and Kakazu Hiroshi eds., Growth Triangles in Asia -A New Approach to Regional Economic Cooperation, HongKong:

Oxford

University

Press, 1994.
『可能性としてのマカオ 曖昧都市の位相』、東京: 亜紀書房、1999年。

+++++++++

広東研究会ヘッドクゥオーターズ: 233-0012 神奈川県横浜市港南区上永谷 3-1-7

phone and facsimile: 045-849-2303, mobile: 080-4444-9137 (当日会場電話、竹崎)

e-mail: nbf02732@nifty.ne.jp

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2011年5月24日 (火)

第40回広東研究会の風景

五月十五日(日曜日)に開かれた広東研究会の風景です。P1020737 竹崎愛乃

P1020738

撮影:

P1020749 P1020761 

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2011年5月15日 (日)

日本華僑華人学会

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博多渡辺通り

から

Beppu

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2011年5月13日 (金)

直前情報 博多 天神 マカオ 原発事故

第四十回広東研究会のご案内

               二零一一年五月一日

各位

春陽の候、みなさまにおかれましてはますますご清祥

のことと存じます。

さて、このたび下記の通り「第四十回広東研究会」を

開催いたします。ふるってご参加ください。申し込み

不要。当日飛び込み可です。

            広東研究会代表 塩出浩和 

               nbf02732@nifty.com

★Й★Й

日時: 五月十五日(日曜日)午後六時四十五分から

        八時

場所: 光ビル会議室

   福岡市中央区天神4丁目9-12
   http://www.hikari-building.com/access.html

参加費: 一千円(資料代を含む)

(ただし、学生は五百円、日本華僑華人学会会員・市民科

学研究室会員は百円、(総)領事館・プレス関係者、奈良

大学・福岡大学・城西国際大学・中央大学学生は無料、と

なります)

☆ 報告: 塩出浩和(しおでひろかず)城西国際大学
(日本華僑華人学会会員・日本華南学会設立準備委員)
  地震・津波・原発事故への中国の反応

   ~マカオ・香港・広東省で起きた
     『おかしな』こと
 ・食用油、粉ミルク、塩の買い占め騒動、
その原因と「誤解」・すばやい特別行政区
対応(SARS、鳥インフルエンザの教訓)・
在日「全マカオ市民」の救出作戦・その他

☆ コメント: 芹澤知広

    (せりざわさとひろ)

   奈良大学(日本華僑華人学会会員)

☆ 司会: 山川昌昭

    (やまかわまさあき)

   九州アジアビジネスセンター

(広東研究会九州沖縄支部長・日本華南

会プロビジョナルファウンディングメンバー)

☆  受付: 竹崎愛乃(たけざきあいの)

     中央大学

★ 午後八時過ぎから近くの居酒屋
 で懇親会を開きます。費用は3000
 程度を予定しております。
〈懇親会のみの参加も可です。懇親会
 のみ参加の方は当日、山川または塩
 出にお電話ください〉                                     RSVP

Ate a vista!

当日会場電話: 08052457686 (山川)
       09061285305(塩出)


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2011年5月 9日 (月)

穂高養生園

長野県の穂高養生園に来ました。

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よいところです。

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エスタンウ・アキ・ムイントシュ・メニーニャシュ・ボニータシュ。

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2011年5月 8日 (日)

華人のいなくなったモエレ

07/Avril/2011

以前、可以見到好多澳門人、香港人以及中国人。現在就没有了。

雨が降ったりやんだりの札幌はモエレ沼公園です。この公園はイサ

ム・ノグチの遺作であるため、彼の「あかり」諸作品もここで購入で

きます。

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2011年5月 7日 (土)

札幌も雨

110506_212701 JL3047 NRT-Chitose110506_183501 110506_183601 006_2 南一条西七丁目午前四時すぎ

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『東亜』二〇一一年一月号の記事

『東亜』に隔月掲載しているエッセイは今後、発売からおおむね四ヵ月後にこのブログに載せます。「外国史概説」(JIU)の履修者はこれをプリントアウトして、中間試験に持ち込むことを認めます。最新号は書店で買ってください。(または、図書館でコピーしてください。その際は著作権法違反にならないよう注意してください!)

社会的調和を求め「外交」で活躍するマカオ

マカオの民主主義と中国の政治改革

 今やマカオのカジノ売上はラスベガスを抜き、一人あたりGDPは香港を超えている。そのマカオを政治面から見てみよう。マカオにおける民主主義の成熟とその限界は、中国の「民主主義」の将来を予測するうえで「先行指標」となる。香港における民主主義の発展も無視できないが、中国共産党のコントロール外にある民主派が大きな勢力をにぎるこの特別行政区は中国にとってむしろ「反面教師」である。それに対し、マカオでは共産党に批判的な民主派は29名の立法会議員中に3人しかいない。返還前の1967年から中国共産党の「非公式の影響下」にあったマカオの内政は、返還後も「中国のコントロール下にある多党政治」という性質を維持している。マカオにける「民主的な諸制度」の展開は、中国人社会における「共産党下の民主化」の「実験」である。

 20091220日二人目のマカオ特別行政区行政長官に就任した崔世安(Choi Sai On1957年マカオ生まれ)は、101116日立法会で二回目となる「2011財政年度施政報告」をおこなった。[1] 10年春に発表された「2010財政年度施政報告」は前政権から継承した政策でほぼまとめられていたので、実質的には崔政権として最初の政見表明である。

 彼は2009726日にマカオにおける選挙委員会において約95パーセントの高得票率(296の有効投票のうち282票)で当選した。立候補者はほかに三人いたが「書類の不備」で資格を認められず、正式に立候補できたのは崔ひとりであった。[2] マカオの行政長官選出方法は香港と似ているが、市民にとっての意味はかなり異なる。香港の行政長官は800人、マカオは300人の選挙委員会が投票で選ぶことになっている。どちらも選挙委員を市民が直接選ぶことはできない。しかし、香港の人口は750万ほど、マカオの人口は54万ほどであるから、人口に対する選挙人の割合はマカオの方が遥かに高い。300人の選挙人団のなかに知り合いがいるというマカオ市民はとても多い。行政長官選挙はマカオ市民にとっては身近なのである。

 地元銀行のオーナー家出身であった何厚カ(「金」へんに「華」)前行政長官に対して、崔現行政長官は長年公衆衛生や病院経営にあたり、立候補までは十年間特別行政区の社会文化司長を務めたという経歴の持ち主であるが、その政策の特徴はどのような点に表われているだろうか。

 崔は立候補時に「人を基本にし、心をひとつにして、調和のとれた社会にしよう」をスローガンに掲げていたが、一年後もこれを踏襲している。その上で2011年報告では「すべてを太陽にさらすような透明性のある政府、科学的な政策決定」(陽光政府、科学決策)をテーマに「政治改革」を進める意図を鮮明にしている。

 「陽光政策」では、反汚職機構(廉政公署)の強化と公務員財産申告制度の整備を進めることになっている。これまで、マカオの廉政公署は香港の同機関に比べて実効性は低く、閣僚の汚職も見逃してきた。公務員の腐敗という点で、これまでのマカオは香港より中国に近かった。

 「科学決策」の面では、行政長官直属のシンクタンク「政策研究室」の設立準備が進んでいる。この研究室は政府各部門の調整をし、市民との意思疎通を加速させるという。法案・政策案の決定前に市民からの意見を十分に聴取するという制度が機能するようになれば、スウェーデンのレミスのような民意調達システムが確立するかもしれない。行政府の長の民意による選出が認められていない「限定的な多党制」のもとでこの機能が実現できれば、画期的である。自由民主主義体制の国でも個々の政策に対する民意反映には苦労している。マカオでこのシステムが機能すれば、中国本土においても類似の制度が将来的に導入される可能性はある。

 交通問題は最もマカオ市民が関心を寄せている問題のひとつである。広州からマカオに隣接する珠海までのインターシティー高速鉄道(現在高速バスで2時間10分かかる広州・珠海間を40分で結ぶ予定)の完成が迫る中、マカオ域内の交通網整備は将来の課題のままである。「旧市街地再開発法」は2011年にやっと立法手続きに入る。新埋立地を中心とする「マカオ新市街地全体計画」も11年の制定を目指している。それらの政策の基本理念は公共交通優先であり、ライトレールシステムの導入がその柱となっている。経済発展で自家用車が増えすぎたマカオでは渋滞と駐車場不足が深刻である。

 住宅問題にも多くの市民が関心をもっている。2009年秋の時点で17,000人が公共住宅の順番待ちをしており、[3] 一方で経済の好況からプライベート・ディベロッパーによる住宅は高騰を続け庶民の手がとどかなくなっている。公務員に対する住宅手当は増額されたが、これは一般市民の反発を招いた。2008年から一般市民に対して家賃の補助もおこなわれている。三人家族の場合毎月1,100パタカから1,600パタカ(約13千円から2万円)の補助が得られるが、11年分の申請に対して、101130日時点で四千以上の申請があった。[4] マカオ政府は12年までに19,000戸の公共住宅建設を目標にしており、「順番待ち」の解消をねらっている。本土や香港からの人口流入が続いているマカオではしばらく住宅不足が継続するであろう。

 マカオは一定の基準のもとに、数万人の「外地労働者」を導入しているが、彼らの存在がマカオ労働者の賃金を押し下げているという批判がマカオの一部労働組合と民主派政治家らから出ていた。労働許可をもたない外地からの不法労働者も多い。マカオ政府も取り締まりをしているが、あとをたたない。2010年のメーデーには、外地労働者の制限を求める労働者のデモが一部暴徒化し、デモ参加者・警官双方に41人の負傷者が出た。[5] 政府は「外地労働者」の受け入れ厳格化を進めている。[6] 07年の5月にも暴力を伴う大きな「外地労働者反対デモ」が起きたが、マカオ知識人の一部は「香港民主派による扇動」を指摘している。[7]

 珠江の水質汚染はマカオ市民の健康にとって脅威になっている。マカオの飲料水はほぼ全量を珠江水系からの取水に頼っているが、[8] 上流での汚染に悩んでいるのである。また、海水面の上昇にともなう飲料水の塩水化も問題になっている。政府は毎日、飲料水の塩分濃度をホームページ上で公開している。この事態を改善するためにマカオは近年積極的に上流諸市の下水および廃棄物処理施設建設を支援している。

越境のための公共財としての歴史的性格

 現在のマカオの性格を知るために歴史を振り返ってみたい。ポルトガル人居住地としてのマカオはかれらの越境のための賃貸施設として成立した。バスコダガマのインド到達から約19年後の1517年にポルトガルは外交使節を明朝に送るが、交易は許可されなかった。その後、マカオにおけるポルトガル人の居住は1553年と57年に、明朝の正式の許可なしで地方官により段階的に許可された。

 マカオにおけるポルトガル人の自治組織(Senado da Camara)もリスボン王室の許可なしに現地の有力商人によって置かれたものが起源であった。中国官憲は、地租または貢金と引き換えに、ポルトガル人の自治を黙認した。一方、中国人の犯罪は中国官憲が処理し、海関も1849年まで設置されていた。この年までのマカオは、広州や泉州における「蕃坊」(都市内の外国人とりわけイスラーム教徒居住区)と同じ扱いであった。

 17世紀後半からマカオはヨーロッパ各国人が日本と中国へ「越境する」ためのアジール(避難所)となった。19世紀前半の時期に唯一ヨーロッパ諸国との貿易を許されていたのは広州であったが、滞在制限があった。マカオは避難所と情報収集地として一種の国際的な公共財となっていた。

マカオは香港の惑星のように論じられてきた。しかし、歴史的にみると惑星というより親星である。1842年に英国王領植民地となった香港には、マカオにあった英国貿易監督官事務所が移転された。この事務所のスタッフにはかなり多くのポルトガル人が含まれていた。香港植民地当局はそのほかの部門にも多数のポルトガル人を雇用した。現地の事情に通じ、植民地管理の経験があり、広東語ができるイギリス人がほぼ不在であったため、英国は植民地建設にポルトガル人の助けを必要とした。この後、華南における国際貿易の中心は香港に移り、マカオは香港の非対称の連星になった。

マカオは中国人にとっても越境のための公共財であった。伝統的にマカオ周辺地域の農民や商人はマカオに赴き作物や商品を供給していた。いまでは多くの労働者が、合法・非合法を含めて中国本土からやってきている。現在、中国本土在住者は比較的簡単にマカオに入域できる。数次の個人観光ビザなら三千円ほどの費用で三日もあれば入手できる。しかし、入域後のマカオでの労働と生活は楽ではない。彼らにとってマカオは軽やかに入場できる「楽園」であるが、そこは楽しいばかりではないのである。

香港より早かった民主化

1974年ポルトガルでは左派軍人によって革命が起こされ、権威主義的なカエタノは退陣した。76年にポルトガルは民主的な新憲法を制定した。同年、返還までマカオの基本法であった「マカオ組織章程」も作られた。このとき、マカオの立法会に限定的な選挙制度が導入された。17名の立法会議員中、6名が直接選挙、6名が職能別間接選挙となった。この時点では香港よりマカオの方が代議制へ向けての改革は進んでいたといえる。

1979年にポルトガルが中国と国交を樹立する際、ポルトガルはマカオが「中国の領土である」ことを確認した。このときから二十年間、マカオは「ポルトガルの施政下にある中国領」として存続した。

 マカオ特別行政区基本法には香港基本法以上の人権条項があるが、これには人権規定が詳細なポルトガル共和国憲法が影響している。例えば、マカオ基本法第30条には「プライバシー権」の規定があるが香港基本法に同種の規定はない。また、マカオに住むポルトガル系住民の「利益の保護」及び「風俗習慣と文化的伝統」の尊重をマカオ基本法は規定するが、香港基本法に英国系住民の保護規定はない。

 一方、現時点での代議制度の導入については、マカオは香港より保守的(中国寄り)である。香港では返還前の1995年に既に立法会の総督委任議員枠が廃止されているが、マカオでは返還後の2009年第三回選挙(第四期立法会)まで行政長官委任枠が7名(この期の議員総数は29名で、他に直接選挙12名、職能別選挙10名)残っていた。代議制の導入は香港より早かったマカオであるが、その進展は香港よりも遅かったのである。これは、中国を不安にさせない速度であった。

 マカオの「国際関係」

 マカオの公用語は中国語(書面は繁体字による現代中国正書法、話し言葉は広東語)とポルトガル語であるが、英語も広く通じている。最高学府であるマカオ大学の授業は原則として英語で教授されている。マカオの裁判所では事件に応じて、中国標準語・広東語・ポルトガル語・英語が使われている。この状況を「三文四語」とマカオでは言っている。これには香港で言われる「両文三語」への優越感が表われている。多言語状況はマカオの資源となっている。マカオは香港同様、中国とは別に「中国マカオ」の名義で国際機関に参加でき、WTOやアジアオリンピック委員会に加盟している。マカオの特徴はルゾフォニアの一員としてポルトガル語諸国と積極的に交流してことに表われている。1986年にはリスボンやマカオをメンバーとしてポルトガル語都市会議が設立された。96年にはポルトガル語諸国共同体(アンゴラ・ブラジル・モザンビーク・カーボベルデ・ギニアビサウ・ポルトガル・サントメプリンシペ)が成立したが、マカオは国家ではないので正式メンバーシップはもっていない。98年にはリスボンでポルトガル語諸国企業家フォーラムが開かれたが、現在本部はマカオに置かれている。中国中央政府もマカオの対ポルトガル語諸国外交を推進している。2003年にはマカオで中国ポルトガル語諸国経済貿易協力フォーラムが開かれた。ポルトガル語使用諸国の内、経済的に最も重要なのはブラジルであるが、06年に当時の何行政長官はブラジルを公式訪問している。マカオにおいては一種のポルトガル語ルネサンスが起きている。マカオ最大のポルトガル語教育機関は東方ポルトガル学会(Institute Portugues do Oriente)であるが、2000年に200名ほどであった学生は04年に約千人となった。学生には中国本土からの「留学生」が多くなっている。

 ポルトガル語使用諸国との交流によるマカオの利益は限定的である。マカオ市民でこれらの機構・行事に参加するのは通常二百人未満であるという。経済の大陸及び香港依存は依然として圧倒的である。北京がマカオのポルトガル語諸国に対する人脈と語学という資源を利用しているというのが実際のところである。中国の第12期五カ年計画で、珠江流域地域は世界レベルの観光地として整備することが目指されているが、マカオはその中核地、及びポルトガル語圏へのマーケッティング・センターとなっている。


[1] 施政報告の映像と全文はマカオ特別行政区サイト(http://portal.gov.mo)の入り口から「施政報告」をクリックすれば読むことができる。

[2] 「崔世安参選行政長官歴程」、『澳門雑誌』総第71期、200910月、p.13

[3] 「崔世安将領導澳門共和諧走向未来」、『澳門雑誌』総第71期、200910月、p.8

[4] 「住屋補助新申請逾四千份」、『澳門日報』(電子版)2010121日。

[5] 「遊行演成警民衝突41人傷」、『華僑報』201053日、第一張、第一版。及び、「社会反響: 和平訴求暴力不接受」、『澳門日報』201053日、A1面。

[6] マカオ市民が就ける職位への外地人の就労は認められていないが、マカオ企業は形ばかりの「人材募集広告」を新聞に出し、「マカオ市民には適当なひとがいなかった」として割安の外来人材を採用することが多い。(20105月、マカオでのインタビューによる)

[7] 「提升理性思維、提升依法施政権威性  五・一遊行: 反思與総結座談会」、『澳門研究』vol.4020076月、pp.1-5

[8] 「珠江防総保障珠澳供水」、『澳門日報』(電子版)2010915日。

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