第37回広東研究会の報告
以下の通り、第37回広東研究会が開かれました。
日時: 2009年9月28日(月曜日)午後6時から8時30分
会場: 東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム第4番
第一報告: 「中国返還後のマカエンセ(Macaense)のエスニシティー変容 -マカオ在住マカエンセ16名の聞き取り調査から」(内藤理佳氏、上智大学ほか非常勤)第二報告: 「一九四〇年代の香港政治制度改革 -戦中と戦後、その継続性」(塩出浩和、城西国際大学)共催: 日本華僑華人学会企画委員会(2009年度第3回研究会)及び科研費基盤研究(B)「北東アジアから東南アジアを結ぶ華人ネットワーク」(代表: 谷垣真理子氏)参加者数: 14名
新学期の平日夕刻の開催でしたが、予想以上の参加者があり、用意したハンドアウトが足りなくなりました。また、とりわけ第一報告は内容が新鮮で濃かったため、議論が白熱し、予定時間を45分ほど超過しました。懇親会は渋谷でおこなわれ、7名が参加しました。
第一報告は、これまで日本語による本格的な研究がなかったマカオのポルトガル系子孫たちについての文化人類学的研究でした。報告者の修士論文(放送大学大学院に提出)が元になっています。ポルトガル語による先行研究の検討と報告者が2008年にマカオで行なったインタビューによって、マカエンセ・エスニシティーの現状と将来展望が示されました。報告者の結論は「急速に中国化が進みつつあるマカオにおいて、エスニック集団としてのマカエンセ・コミュニティーは事実上消滅する可能性が高い」というものでした。質疑応答では、マカエンセの表徴のひとつである「ポルトガリダーデ」の内容について、地域集団としての「新しいマカオ人」形成の可能性について、などが議論されました。
第二報告は、1947年に出されたいわゆる「ヤング憲政改革」の内容とその背景を検討するものでした。当時の香港政治制度改革が日本占領期の「地方自治導入の試み」と世界的な「民主化の競争」の影響を受けたものであったと指摘されました。報告の中で、報告者は「1943年に日本軍政当局によって強制帰郷や海南島への労働者移送が行なわれた」という趣旨の発言をしましたが、これは誤りでした。このような政策はほぼ1942年中に終了していました。(この点は和仁廉夫氏から研究会後にご指摘を受けました。ありがとうございます)当日は、第一報告についての議論がとても面白かったため時間が少し足りなくなり、第二報告は内容の一部が割愛されましたが、第38会広東研究会(11月2日、沖縄北谷)で拡大改訂版が報告されます。
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